H27.5.11





■ステイゴールドの思い出

 2月5日にステイゴールドが急逝した。まだ寒さ厳しい時分で、彼の寿命が尽きた後、呆然とした心持ちで帰路に就いたことが、昨日のことのように思い出される。ステイゴールドの冥福を祈るとともに、いくつか雑感を書き記してみたい。
 現役時代の最も印象に残るレースは、最終戦の香港ヴァーズ(GT)。既にシンジケートが組まれていたステイゴールドだが、ドバイシーマクラシックで、世界最強馬ファンタスティックライトを競り負かすという大金星を挙げたものの、産地での評価は今一つだった。その香港ヴァーズでは、残り1ハロンを切っても先行馬に5馬身ものリードを許す絶望的なポジションだったのが、鞍上のゴーサインに反応し、ゴール前猛烈に伸びて差し切るという痺れるレースをやってのけた。このレースの優勝によって、馬産地でのステイゴールドの人気に火が付いた。余勢種付(受胎条件150万円)の申し込みが相次ぎ、初年度177頭もの交配をこなし、後の産駒大ブレイクの基礎を築いた格好となった。
 種牡馬入りしてからは、父サンデーサイレンス譲りの「種付マシン」として、彼自身の仕事をしっかり成し遂げ、受胎能力も格段に優れた、申し分のない仕事ぶりであった。と書くとまるで優等生のようだが、軽い身のこなしで立ち上がり、飛び上がりながら種付場に入場しては、いきり立って牝馬に挑む様は、迫力満点。柔軟性もあり、腰も大変強靭で、ネコ科の猛獣のような雰囲気を身にまとっていた。
 そのステイゴールドが展示会となると、目に怒気を含みながらも悠然と観客の前を周回する。あたかも俺様が一番偉いと言わんばかりの趣だ。スタッフもひと時も隙を見せず手綱を引き、何事もなかったように登場し何事もなかったように退場する様は、産地を代表する成功種牡馬となってからは、ある種の風格を漂わせていた。
 2011年、自身最多の249頭の種付をこなした時は、現場スタッフも事務所スタッフもいろいろな意味で勉強となった。現場スタッフは、シーズンをタフに業務に従事する精神力や忍耐力をステイゴールドから教わり、事務所スタッフは種付予約の調整方法や現場スタッフとの連携など、様々な対応法を実地に教わった。そして何よりもステイゴールドが一番頑張った。249頭もの牝馬と交配した結果、翌年179頭の産駒が誕生し、質量ともに最高の世代を現3歳馬として競馬場に送り出した。
 ステイゴールド産駒は、高い身体能力と丈夫な肉体を持ち、レースに前向きな闘争心を兼ね備え、特に芝中長距離の大レースではその強さを存分に発揮した。全ての産駒が水準以上に走るわけではない。産駒のある一部が極めて高いパフォーマンスを示す長距離砲(しかも満塁本塁打!)であった。繁殖牝馬の質は決して高くないが、その掛け合わせの中から、素晴らしいアスリートを次々と送り出し、メジロマックイーン牝馬とのニックスは、全国各地から(乗馬施設からも)、マックイーン牝馬を探し出すオーナーを多数生み出す現象も引き起こした。初年度150万円の種付料を800万円まで自力で引き上げ、種牡馬生活終盤には、日本を代表するオーナーやブリーダーの超一級繁殖牝馬がステイ詣でをするまでの大種牡馬に成長した。
 ステイゴールド亡き後、ブリーダーズスタリオンでは、幸いサンデー系種牡馬ブラックタイドが、キタサンブラック(スプリングS優勝)やタガノエスプレッソ(デイリー杯2歳S優勝)などの活躍馬を送り出し、今年のクラシック戦線を面白くしてくれそうだ。ブラックタイドも50万円の種付料を今年200万円(但し満口だが)に自力で押し上げた。ステイゴールドの域にはまだまだだが、新しい勢力の台頭が、種牡馬業界を面白くしてくれることは間違いない。巨星墜ちるも新星現る。ステイゴールドにあらためて感謝の気持ちを伝えたいと思う。
遠藤 幹

※このコラムは、(社)日本競走馬協会の会報に掲載されている「日高便り」を、協会の許可を得て掲載したものです。