H26.10.24





■馬産地を訪れるファンの思い - 競馬ならではの素晴らしさ

 
私の勤務先の種馬場ブリーダーズスタリオンステーションでは、種付けシーズンオフは、競馬ファンのために一般見学時間を設け、スタッフ立会いのもと、放牧地で自由に種牡馬を見てもらっている。
 現場スタッフによると、今年はステイゴールドがビッグレッドファームから転厩してきたことや競馬人気の持ち直しもあって、例年の倍近くにも上る多数の見学者が訪れているという。ステイゴールドは、現役時からファンの多い馬ではあったが、最近はオルフェーヴルやゴールドシップの父ということで、種牡馬になってからのファンも増えているらしい。当スタリオン繋養種牡馬の中では、一、二を争うくらい気性の激しい馬ではあるので、スタッフは必要以上に牧柵に近寄らないようにファンに声掛けしながら種牡馬を見せている。
 夏には、競馬ファンを対象にした各種の馬産地見学ツアーも多数催行された。チャーターバスで種馬場をはじめ一般牧場や競馬施設を訪問し見学するのだが、こちらも参加者が増加傾向にあると聞く。あるツアーの引率スタッフ――彼は普段馬産地で仕事をしている――は「牧場の開放感を味わってもらおうと、静内の繁殖牧場の採草地を案内したら、それが大変好評で、みんな飽きずに写真を撮ったりあちこち散策したりして楽しんでいるんです。僕にとっては何もない原っぱというだけなんですけど」と苦笑されていた。
 今年の夏は、スタリオンの預託管理馬グラスワンダーとジャングルポケットを、それぞれ函館競馬場と札幌競馬場とでファンにお披露目した。私は9月6日の札幌でのジャングルポケットの展示に帯同した。最終レース終了前からパドックは鈴なりの人だかりとなり、みな今か今かとジャンポケの登場を待っている。現在の本馬の暮らしぶりをお話ししてくださいと言われていた私だが、あまりの人の多さに気おされてパドックの真ん中で幾分緊張の面持ちでお話しする羽目となった。眼鏡の度が弱く、ファンの皆さんのお顔がぼやけて見えて、視線がこちらを向いていることを感じずにお話しできたことは幸いだったが。
 競馬の素晴らしさは一言では言い表せない。当然ギャンブルの楽しさもあれば、走る芸術品と称されるサラブレッドの美しさもあろう。また、レースでは1頭の勝者と圧倒的多数の敗者に冷酷に分断されることとなるが、その馬の競走生活を通じて醸成される物語性も、他のギャンブルにはない競馬特有の素晴らしさの一つだと思う。今年の札幌記念は、ハープスターがゴールドシップの追撃を抑え優勝したが、競馬場の帰路では、レースを楽しそうに回顧するたくさんのグループを目にした。その2頭がこの秋の凱旋門賞にそろって挑戦したのだから、ファンの夢はさらに奥行と広がりを持っていくこととなる。
 今から30年近く前、学生だった私も日高を汽車と徒歩で旅した。名種牡馬テスコボーイやトウショウボーイ、アローエクスプレスなどを羨望の眼差しで眺めた日を今もありありと思い出すことができる。二十間道路の牧場まで送ってくれた居酒屋のおばちゃん、シンザンフェスティバル会場を案内してくれた谷川牧場の社員の方――馬だけではなく旅先で親切に応対してくれた人々との触れ合いの記憶も鮮明で、その体験が自分の将来を大きく変え、今こうして日高で暮らし仕事をしている。今日も馬産地を訪れているファンの皆さんも、それぞれが競馬への熱い思いを抱き、名馬との再会を楽しんでいることと思う。
遠藤 幹

※このコラムは、(社)日本競走馬協会の会報に掲載されている「日高便り」を、協会の許可を得て掲載したものです。